けいぞうのプロフィール

はじめまして、けいぞうと申します。



僕は現在40歳で、私立理系大学大学院を卒業し、一部上場企業に16年勤務したとに、40歳の誕生日(2016年12月)を機にサラリーマンを卒業しました。



今の会社は、2016年5月、サラリーマンをしながら立ち上げ、現在、専業アフィリエイターとして、法人1期目になります。



結婚していて、奥さんと8歳の女の子と3人暮らしです。



サラリーマン時代は片道2時間通勤しつつ、そして、独立した今もなお、家族を大切にしながら、僕の人生の夢を実現すべく、ネットビジネスに取り組んでいます。



ネットビジネスは、2013年5月からスタートし、



2013年8月に月収10万円、2013年9月、10月は月収20万円を突破しました。




その後、80人規模のアフィリエイトチームを結成し、僕の知識やノウハウを他の方にも教え、その方たちも、稼げるようになりました。



僕のことを信じてついて来て下さる方に対して、『小さい労力で、大きく稼がせる』ことをしてきました。



こちらのチームコンサルは盛況のうちに終了し、現在では、新しいジャンルとしてASPアフィリエイト(物販アフィリ)で、2016年3月に120万を達成、同5月には月収200万円を達成、その後もさらに収益を伸ばし、2017年3月は月収510万円を達成し、現在進行形で実践中です。

※報酬額は『確定金額』ベース




ちなみに、僕のコンサルティングの雰囲気は、カレーの甘辛評価でいくと、甘い部類にはいると思います。



僕のコンサルティング手法は、欠点を指摘して厳しく是正するやり方ではありません。



もちろん、正すところは正していきますが、基本的には、長所にフォーカスをして、良いところを引き伸ばしていくよう、言動には細心の注意を払ってきました。



なぜならば、ネットビジネスは、サラリーマンやOLと違い、収益の不確実性が高いビジネスモデルだからです。



そんな前提条件のもとで、コンサルタントに怒られて、モヤモヤした気持ちでやるよりも、プラスのメッセージでモチベーションを得て、イキイキと活動したほうが、結果が伴うものと考えています。



さて、なぜ、僕がネットビジネスに取り組んでいるのか。



その理由について、自己紹介を兼ねて、お話させてもらいます。


●僕がネットビジネスを始めた理由



良い大学、良い就職を目指して




ネットビジネスを取り組んだそもそものきっかけは、入社早々、大きな挫折を味わったことでした。



僕のこれまでの人生は、順風満帆で輝かしい学生時代から一転、会社組織において、人間関係の難しさを痛感し、自分の能力をほとんど発揮できず、奈落の底でもがき苦しんだ20代でした。



僕は、都内の私立大学の理工学部を150人中1位で卒業し、無試験で、学費半額免除の特待生として大学院に入学しました。



常に授業は一番前で聞き、76科目中69科目が優。大学院では13科目すべてが優。



給付奨学金を2本頂き、無利子の奨学金を1本借り、大学3年生以降は、親に頼らず、自分で学費を支払いました。



大学院時代、過去に1人も挑戦しなかった飛び級試験に果敢に挑戦。


残念ながら、流体力学という科目の得点が足りず不合格でした。



そして、



無借金経営の超優良な財務体質の一部上場企業を第一希望とし、教授推薦で一発合格。



僕が入社したのは、就職氷河期と言われた2001年ですから、家族や親戚もみんな、僕の将来は約束されたと思っていました。



しかし、いざその会社に入社し、第一希望の部署にも配属され、自分の人生はばら色に見えた入社1年目から、人生最大の試練が訪れることになるのです。



勉強ができることと、組織で業績をあげること。



そこには、まったく違う能力が必要だったのです。




人生で初めて挫折を味わった20代サラリーマン




大学時代、勉強できてチヤホヤされ、調子乗ってた僕は、上司・先輩に指摘されても、素直に受け入れられず、「自分が絶対正しい」と、心の中で、反発していました。



そして、僕は、仕事ができないことを、相手や環境のせいにしていました。



そんな僕は、入社1年目早々、上司や先輩から毎日のように怒られ、「使えない存在」として、ひたすら地団駄をふみ、停滞していました。



職場の上司や様々な先輩から、来る日も来る日も、怒られる毎日。



『お前は、職場の絶縁体だ!』



まで言われ、追い詰められ、追い詰められ、追い詰められてくると、ついに、体にも変化が現れ、頭がボーっとしたり、1週間吐き気がとまらなかったり、心臓がいたくなったり・・・



順調に職場に順応し、活躍していく同期とは対照的に、プライドだけは高く、心身ともにボロボロになっていく自分。



「生きるって、大変だ・・・」



しかし、人は追い詰められると、潜在能力を発揮するもので、「自分はサラリーマンは向いていないだけだ!」「自分の人生を変えてやる!」という想いが、フツフツと沸き、サラリーマンでない生き方を見出すために、手当たり次第、挑戦していきました。



しかし、



・歌手を目指しタレント養成学校に通うも、若くて可能性のある中・高生に1歩も2歩も先を越され挫折



タレント養成学校イメージ



・教授を目指すべく、東京大学大学院・後期過程を受験するも不合格



東京大学イメージ



・他にも、株やFXなど、いろいろとチャレンジするものの、それも泣かず飛ばず・・・「やっぱり自分は、何をやってもダメなんだ・・・」



という絶望的な気持ちに、追い討ちをかけて上司・先輩から追い詰められる日々。。。



「もし、今、倒れて死んでしまったら楽になるのかな・・・」



という危険な感情さえも、抱くようになってしまったのです。



絶望イメージ



ネットワークビジネス(MLM)に賭けた20代




僕が大学2年生の時、年収1000万円超の銀行員だった父親が、突然、脱サラしたのです。



その理由は、その銀行が不祥事を起こしたので、見切りをつけたそうですが、よくよく聞くと人間関係のトラブル。



そして、父親は脱サラ後、退職金を株に投資するも失敗し、ネットワークビジネスで生計を立てようとしていました。



退職金を失い、ネットワークビジネスもままならない父は、毎年150万円かかる僕の学費が払えない状態でした。



そして、銀行の借金を返済するために、別の銀行からさらに借金をする始末。



僕は、夢や口だけは大きく、実績のない父親を見て、「ネットワークビジネス=胡散臭い」と思っていました。



しかし、サラリーマンの大変さが身にしみた時、初めて、サラリーマンではないネットワークビジネスの世界について
勉強し、その大きな可能性に気づいたのでした。



そして、僕の心の魂に、火がついたのです。



魂が燃えるイメージ



当時24歳だった僕は、30歳になるまでの6年間、脱サラするために、自分の人生を賭けて、ネットワークビジネスに取り組む決断をしました。



人脈もコネも何もない当時の僕は、当然のごとく、知り合いのリストは数日で底を突きました。



そして、次にやったのが、サラリーマンの仕事が終わった夜、毎晩のように、新宿、池袋、銀座、渋谷などの繁華街に降り立ち、通行人、店員、チラシ配りなど、手当たりしだい、片っ端から、「一緒にビジネスしませんか?」と声をかけていきました。



歌舞伎町イメージ



それでけではありません。



・飲食店の厨房の休憩中の店員
・コンビニのレジ店員
・公園暮らしのイレズミの入った住所不定無職の方



など、『人』であれば、無条件で声をかけていきました。



ほかにも、プレゼント袋を用意し、その中に、ビジネスモデルが語られたビデオと連絡先をいれ、街角にたって配布したこともあります。



極めつけは、地元の商店街にゴザを敷き、関連写真をならべ、道行く人に、ビジネスと製品を訴求しました。



路上販売




もちろん、『一部上場企業のサラリーマンをやりながら』です。



その結果、



・歌舞伎町で客引きをしていたパブ経営のゴツゴツの黒人に声がけし、その日本人の奥さんと知り合い、その奥さんの兄弟や会社の同僚に口コミで広がり、販売網が拡張。



・池袋の西武百貨店の前で、警備をしていた60代男性に声がけし、ビジネスパートナーになってもらい、そこから他の警備仲間20人程度に口コミで広がり、販売網が拡張。



・インターネットで耳の不自由な大阪の方と知り合い、何度も大阪に足を運び、手話を勉強しながら、手話でセミナーを開催。そこから100人以上の耳の不自由な方に口コミで広がり、販売網が拡張。



などなど・・・



そして、数十万円のコミュニケーションプログラムも購入し、初めて会った人の心の扉を短時間で開き、クロージングまでもっていくスキルも徹底的に勉強しました。



MSPイメージ



結局、僕から始まった口コミの販売網が、200人でき、最大で、月収50万円程度の収入を得るまでになりました。



しかし、



ここで、またしても、『お試しの神様』が僕の前に君臨することになります。



お試しの神様




あと少しで、サラリーマンの年収を上回り、脱サラ準備完了まで、もう一歩というところまできたその時、



この会社は、一部の販売員の不正行為が問題となり、行政処分を受け、製品愛用者が離脱。



6年間、あらゆるものを犠牲にして、手塩に育ててきた販売販売網が一気に崩壊してしまったのです。



「僕には、経済的・時間的自由など、もらえる資格がないんだ・・・」



底知れぬ絶望感に支配された僕は、脱サラできぬまま、30歳の節目を迎え、ついに僕は、サラリーマンであることに感謝をして、生きていくことにしたのです。



30歳で身を固めることを決めていた僕は、最愛の奥さんと結婚し、子供も授かり、マイホームも手に入れ、30代前半は、家族中心の生活を送っていました。



奥さんや子供と楽しい時間を過ごし、平和で楽しく、安定した日々が続き、あっという間に5年の月日が
流れるのでした。



趣味のカラオケで2つの日本一記録




さて、少しだけ話を脱線し、趣味の話をしたいと思います。



僕の趣味は、カラオケです。



そして、カラオケでは、



・カラオケ採点機で全国1位
・カラオケオフ会開催実績全国1位



2つの日本一の実績を作ったことがあります。



僕が大学院1年生のころ、カラオケボックス「歌広場」を中心に、「セガカラ」というカラオケ機種が流行っていたんです。



セガカラは、1000点満点で、自分の歌声を評価し、全国順位が表示される機能で、当時、話題でした。



セガカライメージ




採点基準が、歌唱力ではないと感じた僕は、その秘密を解くために、趣味で自主研究を開始。



選曲、部屋の大きさ、マイクの調子、歌い方など、様々な項目から高得点を出す方法について、カラオケボックスに100回以上足を運び、データを蓄積しました。



結果、誰でも、高得点を出すための一般的な法則を見出し、実践した結果、1000点満点中984点、500万人中1位を取得。



当時の僕のHPに紹介したところ、大きな反響を呼び、TVに紹介され、TBSの「ワンダフル」という番組に出演し、
ワンギャルと一緒にB’zを熱唱させてもらいました。



また、「探偵ナイトスクープ」という番組にもオファーがかかり、カラオケ全国1位の人としてVTRに出演し、北野誠さんの前で、もののけ姫を歌い、全国5位を叩き出しました。



その時の映像がこちら!



カラオケ高得点1

カラオケ高得点2

カラオケ高得点3

カラオケ高得点4



そして、僕のHPがヤフーのカテゴリに登録され、多くの人が検索で遊びに来てくれるようになり、全国のカラオケファンとの交流が生まれました。



それがきっかけで、1999年3月から、都内で定期的にカラオケオフ会を開催することに。



その後、2013年までの14年間の間、カラオケオフ会を開催しつづけ、オフィシャルだけでも、185回以上開催し、
延べ3000人以上もの方が遊びに来てくれました。



クリスマスシーズンに開催した時では、150人以上が1つのカラオケボックスに遊びにきてくれました。



他の幹事の方と合同で開催したときは、285人が遊びに来てくださり、旧新宿コマ劇場の前の広場が人で埋め尽くされたこともあります。



個人開催のカラオケオフ会で、日本一の歴史を作りました。



そこでは、カラオケという共通の趣味の集まりということで、友達や恋人など、数え切れないほどの出会いが生まれました。



そして、結婚された方たちも数十組にのぼり、僕自身も、今の奥さんと、このカラオケで出会い、結婚しました。



このカラオケオフ会は、僕の力不足で、一部の参加者から大きなクレームを受けてしまい、2013年に、14年の歴史に一旦幕を下ろすことになってしまいました。



その時、数年間、一切連絡をとっていなかった人も含めて、次から次へと、ねぎらいや感謝の気持ちを寄せてくれました。



メール、コメント、メッセージ、直筆の手紙・・・数え切れないほどのエールが僕の手元に届きました。



そして、複数の有志の方々が立ち上がり、「ありがとうイベント」まで開催してくれ、僕のために、100人近い方が、遠方からわざわざ集まってくれたのです。



「これでイベントは終わるけど、絆で結ばれた友達の輪は一生不滅だから・・・14年間、ありがとうございました。



イベントの最後に、僕がこの言葉で締めくくったとき、集まってくれた多くの人が涙を流してくれました。



そして、あったかい気持ちのうちに、みんなと握手し、笑顔で解散したのです。



その後もずっと、僕のいないところでも、友達の輪はつながっていて、みんなでカラオケいったり、遊んだりしているそうです。



このカラオケイベントを通じてわかったことは、人生を豊かにする一番の決め手は、金ではなく、絆で結ばれた人とのつながりなんだということでした。



僕は、この絆で結ばれた人とのつながりを、今度は、ネットビジネスで実現したいと思っています。



妻子持ち・通勤時間2時間の激務なサラリーマンでも夢をかなえられる唯一のビジネスモデル




さて、いよいよネットビジネスの話に入っていきます。



僕は、サラリーマンとして、このまま平凡な人生を送るのか、と思っていました。



しかし、



時間的・経済的自由を手に入れて、より豊かな生活を実現させたいという想いは強くなるばかり・・・



勉強や趣味で頂点を極めただけに、一番肝心な「人生の夢」を達成できないことが、余計に悔しかったのです。



そんな僕は、妻子持ち・通勤時間2時間の僕のようなサラリーマンでも、無理なく夢をかなえられるビジネスを探していました。



結果、



・場所や時間に拘束されず、



・在庫や初期投資もなく、



・収入も自動化でき、



・高利益率による莫大な収益の可能性があり、



・市場が拡大し将来性がある、



ビジネスモデルが、「ネットビジネス」だったのです。



ネットワークビジネスは、セミナー動員や、アフターと呼ばれる喫茶店でのミーティングといった対面が基本でした。



このビジネスモデルは、一度形を作れば、権利的収入が得られる可能性のある合理的なビジネスモデルです。



しかし、平日夜や休日に、奥さんや子供との時間を確保したい僕にとっては、その活動の敷居が高かったのです。



そして、インターネットビジネス実践者をリサーチしていくと、玉石混合であることがわかりました。



古本屋で100円で売っているレベルのノウハウを万単位で売り、情報弱者から金を巻き上げ、搾取しつくしたら、ポイッと捨てるような悪徳業者。



一方、誰にでも公平に、経済的・時間的自由をもたらす可能性のある、このビジネスモデルを、少しでも多くの人に感じてもらうために、業界イメージの浄化を目指して、経験と実績をベースに、数百時間にもおよぶ、有益なオリジナル動画を無料で提供する志の高い人。




僕は、ネットビジネスの可能性と、後者のような志の高い人も存在することに魅力を感じ、



『今度こそ、自分の夢を実現するんだ!』



という、熱い想いがこみ上げてきたのです。



そして、初めてインターネットビジネスに着手したのが、2013年5月。



複数の無料ノウハウをつなぎ合わせ、たった1人で見よう見まねでトレンドアフィリエイトでアドセンスを開始し、8月に月収10万円達成。



このとき、インターネットビジネスが、真剣に取り組めば同じ1の力でも信じられないくらいの結果をもたらすレバレッジの高いビジネスモデルであることを実感しました。



さらにそのレベレッジの威力を検証するために、稼いだ金を自己投資し、さらに良質のノウハウをインプットした結果、1ヶ月目と変らない労力にもかかわらず、9月に月収が倍増(20万円超)しました。



このとき、インターネットビジネスこそが、妻子持ちの通勤時間片道2時間のサラリーマンであっても、
最小限のリスクで独立できる唯一のビジネスだと確信したのです。



アフィリエイトはシンプルだが簡単ではない




ネットビジネスの代表格といえばアフィリエイトです。



僕は、その中でも、「トレンドアフィリエイト」というジャンルで参入しました。



初心者が最も、稼ぎやすいノウハウだと分かったからです。



アフィリエイトで稼ぐためのノウハウは非常にシンプルで、小学校高学年から中学生の教科書レベル程度。むしろ、名門中学の受験問題のほうが複雑です。



しかし、95%の人が稼げないという実態からも、簡単ではありません。



自分を律して、努力し、継続することが必要だからです。



ネットビジネスに限らず、完全歩合の世界では、「自立」よりもさらに、己を律し、自分の意思・主体性が問われる「自律」が求められます。



そのためには、マインドセット、時間管理、モチベーション管理など、あまりフォーカスが当てられない技術が必要です。



楽して稼げるビジネスモデルは、みんなマネしてすぐに市場が飽和するため、楽して稼ごうと思っている人は、
そのときは稼げても、必ず稼げなくなります。




今の会社がイヤで、楽したいから、ネットビジネスに参入する、という気持ちですと、いつか必ず破綻するので注意が必要です。



やはり、誰でもできるシンプルなことを、誰もできないレベルで継続し、実践する、努力や姿勢が求められます。



僕は、トレンドアフィリエイトの実践においては、1記事1500~2000字程度の記事を、1日3記事以上書くことを継続しました。



多い月では、120記事作成することもありました。



もちろん、僕よりも上を行っている人はゴロゴロいて、1日10記事とか書く人もいます。



僕はまだまだ、学ばなければならないことだらけです。



全ての隙間時間を作業に・・・




僕のような、妻子持ち・通勤時間片道2時間のサラリーマンがネットビジネス1本で取り組んでいる人を超えていくためには、時間の使い方が鍵になります。



僕は、サラリーマン時代、毎朝4時台におきて、5時前半の電車にのり、7時前には会社の最寄駅に到着していました。



そして、この始発電車の時間帯、通勤ラッシュとは無縁で、どの路線でも必ず座れます。



この時間帯は、人間の頭が冴え渡る、極上の時間帯で、作業効率が通常の3倍に跳ね上がります。



早起きは“三億”の得とも言われますから・・・!



つまり、通勤時間2時間の作業時間は、普通の人の6時間分に相当するんですね。



さらに、7時から9時までは、会社の最寄駅の喫茶店に開店と同時に入店し、美味しいモーニングコーヒーを
飲みながら、作業を続けます。



つまり、会社に出社する9時頃には、すでに、8時間分くらいの作業をこなしている計算になるのです。



普通の人が、通勤時間を『辛い、ガマンの時間』と位置づける中、僕は『夢をかなえるための、極上の実践の場』
と位置づけていました。



早起きのコツは、早く寝ること。



僕は、平日は遅くとも22時までには消灯しますし、日曜の夜は、さらに早く、20時台には消灯していました。



早く寝るために、行動を律し、時間効率を極限まで高めていました。



テレビ番組はほとんど見ませんし、会社の仕事も、18時に帰宅することをコミットし、それを実現するためには何をすべきか、という発想で取り組んでいます。



また、例えば、自宅から最寄駅まで徒歩12分ですが、この間に、ブレスダイエットも組み合わせながら、今日1日のやることを頭で整理します。



そして、朝ご飯は電車の中で食べ、食べながら作業を行います。



つまり、お伝えしたいことは、同じ時間でも、同時に複数のことをすれば、時間が2倍・3倍になり、朝にずらすことで、さらに2倍・3倍になるということです。



同じ1という時間でも、3倍×3倍で9倍のパフォーマンスを発揮できる可能性があるということです。



このように、不要な時間を、極限までそぎ落とし、作業時間を捻出しています。



僕のネットビジネスで実現したい夢




最後に、僕がインターネットビジネスで成功して、実現したい夢をご紹介致します。

<仲間>

・ネットビジネスをきっかけに、同じ志をもった、絆で結ばれた仲間の輪を作り、切磋琢磨しながら、
腕を競い、お互いの夢を実現したい。

・その仲間たちと、世界一周旅行の豪華客船に乗車し、そこで、ノートPCを使いながら、参加費以上の収益を稼いで帰国したい。



<家族>

・いつ、何が起きても、対応できるキャッシュをつくり、時間的自由を得ながら、経済的な安心感を得たい。

・いつも支えてくれている奥さんや子供、両親や兄弟に、恩返しをしたい。

・具体的には、世界遺産めぐりの旅行をプレゼントしたり、美味しい焼肉をご馳走したり・・・



<自分>

・妻子もち、片道2時間の多忙なサラリーマンでも、真剣にやれば、夢が実現できることを伝えていきたい。

・自分を信じ、諦めずに努力を重ねた人が、必ず最後に勝者になれることを、自分自身で証明していきたい。

・ネットビジネスの活動を通じて、業界浄化に寄与し、誠実な参入者の増加、市場の健全な成長に寄与し、社会への貢献を実感したい。

・稼いだお金で、バングラデシュの農村部など、水に困っている地域に、安全な水を給水するビジネスを展開したい。

などなどです。

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けいぞう

大学院を卒業後、始発&片道2時間通勤の一部上場サラリーマンを16年勤めたあと、アフィリエイトで会社をつくり独立した40歳。妻と8歳の女の子と暮らす。趣味のカラオケで2つの日本一を達成。継続は力なりがモットー。
⇒けいぞうのプロフィール

コンサル生の実績

・月収40万円
 アカイシさん
・月収34万円
 のりまささん
・月収25万円
 ハリーさん
・月収23万円
 あきらさん
・月収18万円
 りんごぼーいさん
・月収12万円
 川添さん
・月収11万円
 うめちゃんさん
・月収数万円 多数

けいぞうの実績 

・物販アフィリ確定月収370万
(17.02)
・80名のコンサルチームの運営
(2014.05-12)

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